2020に向けて、今、必要なこと・・・

2004年から、常に、相談相手として、いてくれた田村先生。 先生は、直観的でありながら、いつも、姿勢は低かった。

先生の初期のころの学級通信『岩魚』には、自身のことを「性格:単純粗野 感情の起伏が大。 しばらくすると全てわかります」と紹介しながら、「私から親への一方通行に終わらせたくないので、感想などあったら言ってください。最後にとじると一冊の本になります」とも綴っている。 この通信が、復刻されたのも、驚くべきことだが、それを拝見できたのも、何かの縁ではと感じている。

荒唐無稽な篠田の話に、「いつも、攻めダルマですね…」と笑って、聞いていてくれた先生。

今、先生に「町田市長賞を報告する」時、何を、どうやって、伝えればよいのか、当惑している。 そんな時、とにかく、今までをまとめてみようとしたこと、つまり、この作業が、吉と出るのか、どうか、分からないが、このページに、「今、必要な事」を、その象徴的な写真と共に、整理していきたいと思っている。(3月18日 21時)

 

自分のこと・篠田道秀(S39年1月・愛知県生まれ)

先生にならって、自己紹介。 基本、目立つのは苦手。 だから、写真に撮られるのも嫌。 だから、プロフィール写真は、いつも、これ。

川野さんの地下基地での夜の会で、鈴木先生が、さらり、撮ってくれた1枚。

どうして、いろんな活動をするのか、そこには、おそらく、いろんなことへの「怒り」が、あると思う。

2004年の佐世保事件への対応について。 阪神淡路大震災への自身の関わり方について。 東北被災地、特に、福島への姿勢に対して。 などなど。

マスメディアの仕事に、限界はある。 それを身に染みて感じているから、「社会を変える」には、もっと違うアプローチが必要だと、それは染み付いてきた。

活動を先生と始めて12年。 町田市の新たな5か年計画が始まるのを機に、新たな挑戦に挑んでみたい。(3月18日 22時)

 

篠田の「原点」について

「怒り」3題(タイトルをクリックすると記事が出ます)

2004年6月 「自然への畏敬の念を」

2017/03/18 22:11

 

 

 

 

 

 

 

 

2004年6月、佐世保市で小学6年の児童が同級生を殺める事件が起きた。ネットへの書き込みをめぐる感情がその背景にあったと指摘されていた。しかし、加害児童の保護者が「親にとっては、普通の子」と語ったことがパッシングの対象となり、文科省も「命の教育を」と全国の教育現場に指示を出した。その学校を訪ねて、驚いたのは、「パソコン先進校」をうたい、中高一貫校への進学に向けた指導にも力をいれ始めたことだった。 たまさか、6年生だった長男の通っている学校でも、専門家を招いた会で、その対策がテーマになった。氏、曰く、「自然への畏敬の念」と「父親の教育参加」が大事、と。命がかけがえのないものであること、それを、いろいろな角度から、伝えないといけないということ。この講演も後押しし、「学校ビオトープ」を作る活動と、それを支援する「おやじの会」が始まった。

2005年1月17日「10年ぶりに長田区を訪ね…」

2017/03/18 22:30

 

 

 

 

 

 

 

1995年1月17日、午前5:46に起きた阪神・淡路大震災。 体育館にまだ、ご遺体があるころから、仕事で訪問し、避難所となっていた小学校の校庭で寝泊まりし、煙の臭いが残る長田区で、ご遺族の話を聞き、結局、1年は通い詰めた地。そこを、9年ぶりに訪ねた、その時、聞いた言葉が耳を離れない。「道路も、公園も広くなったけど、通る人、遊ぶ子どもがいなくなった」と。以前は、住居兼商店が軒をつらねた下町だった。それが、震災後、道路を消防車が入れるよう、公園を避難場にするため、それぞれ拡張するための敷地を、住民から一律供出させることになった、とか。 当時の面影もない都会の中で、特にそのことを調べていたわけではないが、関わった人間として、9年間、忘れていたことを、恥じた。

2011年3月11日「今度こそは…」

2017/03/18 22:47

 

 

 

 

 

 

 

 

東日本大震災が起きた時、自分は横浜の勤務で、まさしく、その時は、箱根の電気自動車の取材から帰る電車の中だった。ちょうど、平塚駅に着いた頃、大きな揺れに襲われた。 改札の大型モニターに、白波を押す津波が押し寄せる、いや、襲い続ける、止まりそうにもない、悲劇をぽかんと見続けた。 その日は、厚木のネットカフェで過ごし、PCで続報を見、街中に出て、出来ることを探した。 翌朝、家で、次男の姿を見ては、安堵したし、その後、仕事で現場にいけないもどかしさを押しとどめていた。そんな折、被災地に関わる機会を得て、そこで知ったのが、「杉を植えろ!と言う号令で、雑木を伐採し、小学生も授業を休み、植林した。その材を、海外産の方が安いから、と言って、扱ってもらえないのは、なんかおかしい」という地元の人たちの声だった。 福島に電力を依存し、そして、今に至る構造ももちろんだが、結局、「東京」に代表される中央が、そうでない、特に、遠い所に、ひどいことを強いている、その1つに直面した。 それは、『新しい東北を』と号令する人、国に対しても似た感情を持っている。 もちろん、掲げたからには、掲げた主体の大きさに応じた責任を伴うはずだと、勝手に思っている。

 

 

 

 

 

 

2020に向けて・・・とは?

被災地と共に発信したいもの、探りたいもの(タイトルをクリックすると記事が出ます)

「里山遊びを世界に発信!」~そう駆り立てる場所と人と~

2017/03/18 23:27

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この写真は、陸前高田市上長部の菅野さんの「鎮魂の森」。

津波にもっていかれた息子さんは、かぶと虫が好きで、子どもたちにも、よくプレゼントしていたようです。

震災直後、サンマ部隊が大活躍した地。 犠牲になった方々を鎮魂する雑木林を、子どもの歓声が響く里に出来ないか…

そんなことを考えています。

東京・町田の子どもたちも、この森が大好き。 陸前高田の子どもとも、この森で仲良くなりました。

2020年。東京での「かぶとバトル」を外国人プレスなどにPRし、「被災地巡業」に参加してもらい、各地の「かぶと虫の森」で虫を捕まえバトルする、そう、リアルなポケモン体験を通し、外国の子どもと出会い仲良くなる、はい、里山遊びの魅力を堪能してもらい、日本の神髄を発信&再発見したい、と考えています。 

 

「里山遊びを世界に発信!」するために、必要な事、出来る事

2017/03/19 00:36

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

①「里山遊び」を世界標準にするために…その魅力と価値を再発見し、共有すること@かぶとバトル&学習

②世界発信するための仲間・枠組み作り…地元町田でのチーム作り、陸前高田、さらには、田村市・花巻市との連携

③行政・民間などを巻き込んだ支援・連携のために…町田市5か年計画(2017-21)との連携&大漁旗プロジェクトの展開

④2020に間に合わせるために…2017、2018(町田60年)、2019(プレ大会)

⇒2017年4月10日(月)…「被災地の大漁旗を運動会に」事業のチラシの配布&募集開始

       4月中旬/下旬…「田村市&花巻市下見」/「かぶと学習準備」

       5月3(水・祝)@田村場所、5(金・祝)陸前高田場所、6(土)花巻場所

       7/29-30『復活!かぶとむし相撲町田場所』@未定

       8/1(火)@田村場所、3(木)@高田場所、5(土)花巻場所<予定>

      

本プロジェクトの”一番の強み”は何か?

2017/03/19 00:57

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、このプロジェクトを続けるのか…かぶと虫が好きだから? でかいことをしたいから? 将来、仕事にしたいから?

いやいや、なんだろ、たぶん、答えは、「子どもがいるから、いてくれるから」だと思う。

被災地支援を始めた時は、何ができるか分からず、まだ、子どもにという意識はそれほど強くは、なかった。

しかし、出会った子どもたちが、町田の子どもたちと一緒になって、自分を、仲間を、楽しませてくれている…

もちろん、それも、「かぶと虫を売って、陸前高田と交流しよう」と立上ってくれた子どもたちがいてのことであり

それまでに、おやじの会の活動を楽しみにしてくれ、そして、かぶとバトルに熱中してくれる子どもたちがいてくれて…

その一方で、日常がつまらなさそうな子どもの姿を見る機会も多く… そこにはそこで、怒りを覚え…

おそらく、そういうことだと思う。 だからこそ、元祖・型破り教師 田村健治氏に惹かれるのだ。 たぶん。

共に前へ!~榎原良樹のメッセージ~

2013年春の、旅館での、とある事件から急速に仲良くなった、大阪からのボランティア、榎原良樹さん。 「私が、陸前高田を訪ねるのは、皆の力で、前に進もうとしている姿が、自分の姿と、重なるから」 と話し、〝共に前へ”というメッセージをキエーロにも描いた。 彼のメッセージを動画でお聞きください。 

動画『かぶとバトル交流戦2013 in 陸前高田』(22分)

2012年夏から始まった「かぶとバトル交流戦 in 陸前高田」の第二回大会。 第一回は、個人戦、団体戦とも、陸前高田の竹駒小チームが優勝。 本場、東京町田の鶴川二小チームは、共に決勝戦で涙をのんだ。 リベンジを誓って挑む、本大会。 果たして、結果は…。 そして、去年のライバルとの再会は…。

輝け!

こども

 

 

 

 

ゲームにはない、リアルな感動

第一回大会(2012年)の決勝は、

地元竹駒小と東京町田のこどもとの対決。

気合十分の5年生対決は…

竹駒の松野くんのガッツポーズ…!!

果たして、

今年は、どんな名勝負が生まれるか…

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